最高裁判所第二小法廷 平成6年(行ツ)53号 判決 1998年7月03日
上告人
金元直栄
外二名
右三名訴訟代理人弁護士
八十島幹二
被上告人
河合茂
被上告人
福井信用金庫
右代表者代表理事
木瀬誠二郎
右訴訟代理人弁護士
杉原英樹
主文
原判決を破棄する。
本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人八十島幹二の上告理由について
一 本件は、福井県吉田郡松岡町の住民である上告人らが、町長である訴え取下げ前の第一審被告河合弘和は、控訴取下げ前の原審控訴人辻岡忍との間で、昭和六一年五月六日に、町の所有していた第一審判決物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)と辻岡の所有していた同目録記載二の土地とを交換する契約(以下「本件契約」という。)を締結したが、これは、町議会の議決を欠く違法な契約の締結に当たるとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、本件土地についての同月一三日受付所有権一部移転仮登記(以下「本件第二登記」という。)の権利者である被上告人河合茂及び本件土地についての同年八月二一日受付抵当権設定登記(以下「本件第三登記」という。)の権利者である被上告人福井信用金庫を相手に、右各登記の抹消登記手続を請求する住民訴訟である。
第一審は、本案につき判断をして、請求を認容したのに対し、原審は、職権で監査請求前置の要件を判断し、(一)本件監査請求書の請求の趣旨には、本件契約の違法不当を理由として、(1)本件土地につき辻岡を権利者とする昭和六一年五月七日受付所有権移転登記(以下「本件第一登記」という。)の抹消登記手続を求め、本件土地の返還をさせ、(2) 本件土地を取り戻すことができないときは、損害賠償金一五〇〇万円を河合弘和及び辻岡に連帯して支払わせる措置を請求する旨が記載されている、(二) 本件監査請求が被上告人河合茂に対する本件第二登記及び被上告人福井信用金庫に対する本件第三登記を直接その対象としている事実は認められず、右監査請求と本件訴えにおける被上告人らに対する請求は、あくまでも別個のものであって、実質的にみても同一性のあるものとは解されないから、本件訴えは、監査請求を経ておらず、不適法である、として訴えを却下した。
二 しかし、原審の右(二)の判断は、是認することができない。その理由は次のとおりである。
住民訴訟につき、監査請求の前置を要することを定めている地方自治法二四二条の二第一項は、住民訴訟は監査請求の対象とした同法二四二条一項所定の財務会計上の行為又は怠る事実についてこれを提起すべきものと定めているが、同項には、住民が、監査請求において求めた具体的措置の相手方と同一の者を相手方として右措置を同一の請求内容による住民訴訟を提起しなければならないとする規定は存在しない。また、住民は、監査請求をする際、監査の対象である財務会計上の行為又は怠る事実を特定して、必要な措置を講ずべきことを請求すれば足り、措置の内容及び相手方を具体的に明示することは必須ではなく、仮に、執るべき措置内容等が具体的に明示されている場合でも、監査委員は、監査請求に理由があると認めるときは、明示された措置内容に拘束されずに必要な措置を講ずることができると解されるから、監査請求前置の要件を判断するために監査請求書に記載された具体的な措置の内容及び相手方を吟味する必要はないといわなければならない。そうすると、住民訴訟においては、その対象とする財務会計上の行為又は怠る事実について監査請求を経ていると認められる限り、監査請求において求められた具体的措置の相手方とは異なる者を相手方として右措置の内容と異なる請求をすることも、許されると解すべきである。
これを本件についてみると、原審の確定した事実関係によれば、本件監査請求においては財務会計上の行為として河合弘和による本件契約の締結が明示されており、本件訴えにおいてもその点に何ら変わりはないのであるから、請求の内容及びその相手方が監査請求におけるものと異なるからといって、本件訴えが監査請求前置の要件に欠けるということはできず、本件訴えは適法というべきである。
三 したがって、これと異なる見解に立って本件訴えを却下した原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、その違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨はこの趣旨をいう限度で理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、町議会の議決の要否、有無など本案について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)
上告代理人八十島幹二の上告理由
法令違背 地方自治法第二四二条の二
一 原判決は、上告人の町有土地交換の相手方から当該土地の物権を取得した転得者に対する町への返還請求の訴を却下したが、頭書の法条を適用するのに、交換による町有土地取得者に対する町有地の返還請求と転得者に対する請求を峻別し、前者について監査請求があっても、それとは別に後者について監査請求がなければ、監査前置主義に反すると判断したものにほかならない。
右判断は頭書の法条の解釈の誤によるものであり、それがなければ訴訟判決ではなく実体判決をなすべきものであるから、右解釈の誤は判決の結論に影響をおよぼすこと明らかというべきである。
二 原判決の解釈によれば、新たに転得者を生ずる毎に新たに監査請求をしてからでないと転得者に対する返還請求の訴が許されない結果となり、新旧の監査と訴訟について住民の当事者の変動を予定すべきこととなり、かつまた、裁判所も区々となる余地をも生じ、その訴訟関係は徒に複雑化する虞れがある。
三 右法条は、監査と訴訟の関連を右解釈のように狭隘に制限するものではなく、監査請求の対象となった公務員の行為によって流出した町有財産(本件では町有土地)が同一である限り、これを取戻して町の財産的損失を防止するのに必要な諸請求の訴をすべて許容するものと解すべきである。
本件訴訟に先行する監査請求において、交換契約の無効とその取戻の措置が求められた町有財産が本件土地にほかならないことは、原判決の説示自体からも明らかである。その町有土地の完全な所有権を取戻す上で、転得者の所有権取得と抵当権設定の無効を主張しその登記の抹消を求める請求は必要不可欠であるから、監査前置の要件を充足するものと解すべきである。
四 右法令の解釈の誤が無ければ、原判決の結論は異なる結論になり実体判決をなすべきものであるから、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背に該当するものと考える。